罪状は白紙、けれど死刑宣告、冤罪にはあらず ※パラレル(?)の成響です。シリアス未満(苦笑 公務員の定時は5時15分。 設けられているそれは規定として決められているので、該当するのは全ての職員だ。 (勿論例外はあるけどさ…) 響也は小さく呟いて、沈黙している携帯を眺めた。 時刻は、もう20時になろうというところか。定時…と呼ばれる時間から、2時間は優に過ぎていた。バンドと兼業していた時代から、残業が苦痛だなどと思った事は無かったが、今は好ましいとは思わない。 何故なら携帯が未だに沈黙してるから。 『君の仕事が終わる時間に行くから』 そんな言葉を残して携帯を切った相手からは、未だに何の連絡も来ない。 仕事が終わる=定時と過程するのなら、もうとっくに来てくれて良い時間じゃないか、それとも処理すべき仕事全てを指している…などと言うなら、一体彼はいつ自分に会いに来てくれるというのだろう。 苛々と机を弾いていた指先は、響也が立ち上がると同時に離れる。 空調の効いた室内は季節を感じさせないけれど、窓の外はもう寒々とした気候で。街路樹も鮮やかに纏っていた色と共にその葉も風に散らしていた。 厚手の防寒着がないと寒いだろうと響也に感じさせたのは、窓硝子に触れた指先をヒヤリとさせる温度だった。 「…!」 何気なしに見下ろした視線の先。街灯にもたれ掛かり地面を見つめる男に見覚えがあった。両腕をパーカーに突っ込み、肩を竦めている。男が吐き出す白い息が、暗闇の空気に溶けて消えていく。 そわそわと両足を擦りあわせているのは、寒いからなのだろう。 「成歩堂、さ…。」 確認するようにその人物の名を呼び、響也はポケットの中に部屋の鍵があることを確認してから、急いで執務室を出た。 綺麗に磨き上げられた廊下を走り、エレベーターが上昇するのを待っている時間ももどかしかった。徐々に上がっていく光の点灯と共に、迫り上がってくる気持ちを抑えられなくなる。 ギュッと痛いくらいに掌に鍵を握りしめた。 いつだって、こんな風に…。 吐きだしかけて、響也は唇を噛む。自分だってそうだ。成歩堂に対して、一点の迷いもなく接しているなんて口が裂けても言えない。 理由だってわかってる。互いが互いの何かを奪ってしまった間柄だから、どうしても素直になれない。引け目を感じてしまう。 そう、気になるのに連絡をとらなかった自分も同じだ。全身を覆っている棘が、近付けば近付くほど相手に、そして自分に刺さりズキズキと痛む。 なのに、痛むけれど、側に行かずにはいられない。 チン。と軽やかに鳴った音と同時に、扉が開いた。側面に貼られた硝子に映った顔が、酷く切羽詰まった表情で笑えた。乗り込むと同時に、1Fを押して直ぐさまドアを閉鎖させる釦に指を移した。 下降する箱の中は、いつも奇妙な浮遊感がある。それを感じたと思ったが、細かな振動のようなものが足元から昇ってくる。 蹌踉めいて、壁に置いた掌にも機械的ではない奇妙な振動を感じる。ふっと揺らいだ視線に地震を懸念したが、エレベーター自体はその振動とは全く無関係な様子で目的地に到着した。 「酔った、のかな…?」 未だに揺らぐ視界に、両眼を手で覆うと、扉が開く気配がした。 すうと外の空気らしいひんやりとした風が入ってくる。それは心地良い。 一息吐いてから、腕を降ろした響也はもう一度瞠目した。 「済まないが、牙琉検事。」 「は、はい。」 腕組をし眉間に深い皺を讃えながら自分を見つめるのは御剣局長の姿だった。心なしか、こめかみが引きつっているようにも見える。 「君に仕事が集中してしまっている一端は、確かに上司である私にも大いなる責任があると確信はしている。」 「いえ、局長の責任では…。」 これは、小言を言われるのかと謝罪の言葉を口にしようとした響也の両肩をがっしりと御剣が掴んだ。その事で、彼自身が(理由の如何はわからないが)震えているのがわかった。推測だが、これは怒りの為ではないのだろうか。響也はそう思う。 「私とあれは古いつき合いがあるので、そういう輩だと熟知がしているし、君との関係もあの男から聞いてもいる。 なので、警察は呼ばない。呼ばないが、早く引き取って貰えないだろうか?」 …引き取る。何を…? 響也が疑問を口にする前に、足音が近付いてくる。そちらへ目を向けた響也は、息を飲んだ。 「なっ、成歩堂さん!?」 「待ったよ〜〜! 響也くん!! やっと終わったんだ!」 其処には両手で抱える程のチューリップを持った成歩堂が満面の笑みを浮かべていた。ツンツンした頭は確かに成歩堂だったが、青いスーツは響也が見慣れた姿では無かった。キチンとアイロンがかけられたシャツの衿。スーツの上に乗っかっている頭も、髭を整えている。見慣れない彼の様子は、強いていうならば初公判の際に響也と対峙した成歩堂そのものだった。 「ええい、貴様。だから検事局に入ってくるなと言っただろう! 外で待ってろ! ハウス!」 「外は寒いんだからいいじゃないか〜入れてくれよ、御剣。」 「喧しい! 仮にも弁護士なら軽々しく検事局へ遊びに来るな! そして、私の部下にいかがわしい行為を強要するな!」 「王泥喜くんは入れてくれるくせに〜。」 「彼は常識を弁えている!」 異議あり、待ったを繰り返す二人をぼんやりと見つめながら、響也は激しい頭痛に目の前が白くなり始める。混乱などという生やさしい状態ではない事は自覚出来た。 何故なら、頭は考える事を放棄しようとしている。 何これ? なんなの? 倒れかかりそうになった身体を支えてくれた男の衿に、鈍い光を放つバッジがついている事が、心臓を止めてしまいそうな衝撃を響也に与えた。 content/ next |